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『ゴット・オブ・ウォー』でクレイトスに感じた父親の姿

父親になる難しさが描かれる

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 『ゴッド・オブ・ウォー』に限らず父と息子の物語は数知れず。いつの時代も父に悩まされたり、父になれず悩む人は多いのでしょう。

 父と息子のダブル主人公で進む新生『ゴッド・オブ・ウォー』は教訓的だが説教臭さはなく、どこかピクサー映画を彷彿させる出来でした。

 

母親に比べ曖昧な父親のイメージ

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 クレイトスはアトレウスの由来に見られる様に息子への愛情は認められます。しかしクレイトスは強い男を育てる国家スパルタで育ち、その後は神族として復讐と殺戮の日々を過ごしたのです。

 人は自身の経験・体験でしか物事を測れません。病弱だったアトレウスはスパルタなら捨てられており、クレイトスの人生経験では息子に教えられる事は多くないでしょう。

 さらに過去の自分を恐れ隠しており、息子に自身の体験を語れず接し方が分からない。結果として狩りに逃避し対話を避け、質問に答えず一方的に指図するクレイトスは完全にクソ親父でした。


関わることで目覚める父性

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 そもそも女性と比べ男性は父親のイメージを持ちにくいと感じます。女性は出産を乗り越えた後も授乳という肉体的な変化が持続し、否が応でも母である事実が突き付けられます。

 対する男性はどうでしょう。少なくとも顕著な肉体的な変化は訪れない。母親のアイコンとなる授乳の様な役割も見当たらない。パッとこれが父親というイメージが沸かないんですよね。

 愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンも家族と関わらないと分泌は促進されないそうです。

 つまり関わりが減る程に父性が失われていく悪循環。これらの理由から男性は子育てから逃避しやすいのでしょう。

 
 旅立ちの前にアトレウスはつぶやきます。「狩りに行ってばかりで話もしない」「いつもこうだ」「母上が死んでも変わらない」

 挙げ句アルフヘイムでは「母上じゃなくて父上が死ねば良かったのに」と心情が明かされ、見ているこっちもグサッとくる。そして「でも本当は父上のことも好き」でハッとさせられました。


 その後クレイトスはアルフヘイムで一人生き延びたアトレウスを見て誤りに気付きます。この辺りから彼は自身の考えや経験を語ることが増え父親らしい振る舞いも増えました。
 

クレイトスに感じた父親像

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 私がクレイトスが真の意味で父親になったと感じたのは、アトレウスが神の自覚を持った後からです。

 理由なき全能感から傲慢になったアトレウスの姿は思春期の子供に訪れる反抗期そのものでした。


 息子の振る舞いを自身の過ちと向き合いながら諭すクレイトスの姿に父性を感じました。これは私の父が反抗期の真っ只中で荒れていた自分を、厳しく諌めてくれた記憶があるからだと思います。 


 今思えば父に干渉されたのは、その時期だけだった気がします。かなり好き放題に過ごさせて貰いました。


 全くもってクレイトスには似ても似つかないのですが、体験からクレイトスに少し父の姿を重ねたのかも知れません。


 今作はラグナロクへと続く物語の序章でした。次回作はアトレウスが主人公になりそうです。


 親子が並び立つ姿を見れるのも最後になるかも知れませんね。最後に印象的なシーンに一言添えて終えようと思います。

 
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私の父も酒を一緒飲むのを楽しみにしてたようで、秘蔵の品が棚に飾られていたのを思い出しました。



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肩に手を掛けようとして走り出されたクレイトス。せっかく彼が父親らしくなってきたのに、巣立ちの時期を予感させ寂しくなりました。



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過去を乗り越え解放された瞬間。過去を知るプレイヤーからすると感涙ものです。不思議そうに様子を伺うアトレウスがまた良い味出しています。