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[考察]Bloodborne(ブラッドボーン)と疫病の歴史

 ブラッドボーンの中心には血液と疫病の存在がある。血液に関しては既に言及したので、今回は病(やまい)の歴史背景を考察してみた。

・当時は疫病に対する科学的解明が始まったばかりで、私達が知るような感染メカニズムは周知されていなかった。欧州を三度襲ったペスト(黒死病)の影響。産業革命でイギリスを悩ませた結核。そんな実在した疫病の影響がブラッドボーンにも見られる。



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 本考察は参考にしたであろう歴史的背景を元にした解釈の一つである点を先に記しておく。

風土病と人類

 あなたは風土病と聞いたときに何をイメージするだろう。多くの人は感染すると死に至る恐ろしい病をイメージしてると思う。半分正解である。確かに疫病と呼ばれる短期間で死に至るコレラやチフス、腺ペストと言った病は多くの人命を奪ってきた。

 しかし、風土病の多くは速やかな死をもたらさなかったのである。産業革命で食料供給の増大が起きる以前の生活では、風邪に似たような症状で十分な脅威なのだ。
 特にアジアと異なり水と土壌に恵まれない欧州は慢性的な物資不足に悩まされていた。おまけに現在と異なり食料を蓄えるにしても十分な保存方法が存在しない。その為に日々の糧は継続的な狩りや採取で補う必要があった。
 つまり熱で動けない、だるくて十分に働けない。そんな症状を訴える人が溢れるだけで集落の危機に繋がるのだ。

 緩やかだが確実な衰弱をもたらす風土病は時に集落を飢餓に導いた。そんな飢餓と切り離せないのが共食い。すなわち世界で散見される人肉食である。

 飢餓により一部の地域ではしばしば人肉食を行っていたと言われている。西洋における狼男の伝承は集落からはぐれた食人を行う人々を示していたとする歴史家もいる位だ。人は必要に迫られれば獣の様に人の血肉を食べるのである。


 そんな風土病がある地から人々が何故去らないのか。これは風土病が盗賊などの無頼者による襲撃から身を守る盾として機能した側面も有る為だ。命の危険を犯してまで病める集落に攻め入る襲撃者は少ない。風土病の評判が広まる程にその防衛機能は高まることになる。

 風土病は自然とその土地の物資に見合った人口の自然調整と、集落の防衛を果たす重要な存在だったのである。





疫病が生んだ誤解

 古来から目に見えない疫病は呪いや天罰の様に捉えられていた。しかし、自然科学の発展と疫病から守ってくれない宗教に対する王室の信仰低下が病原菌の発見へと繋がる。

 時は1875年。欧州三度目のペスト流行で人類は遂に疫病の正体に辿り着く。病は空気中の「瘴気」が原因と言う通説を覆しルイ・パスツールそしてロベルト・コッホが細菌の存在を証明。炭疽菌・結核菌を始めとする疫病の正体を明らかにした。そして1894年に北里柴三郎がペスト菌パトゥーレラ・ペスティスを発見。その後10年に渡る研究の末にペストはネズミが感染の媒体であることを確認したのだ。

 今でこそ常識となっている「伝染病」の考え方はここで確立した。そして同時に現在の様な「清潔」と言う概念が生まれたのである。実はブラッドボーンの世界に感じるように、当時の欧州では衛生概念が乏しかった。

 その最大の理由が水への恐怖である。水はペスト・コレラ・チフスと言った疫病の温床だったのだ。水資源が乏しく衛生的な水が得られない時代である。時に「清潔」を保つ為の入浴や手洗いは自殺行為となり得たのだ。ここで現代の様な「清潔」と「健康」の繋がりが絶たれてしまう。

 そこで生まれた衛生観念の一つが「香を焚く」ことである。当然だが不潔は悪臭を伴う。当時の人はこれこそ疫病の正体である「瘴気」と信じ、悪臭を香りで打ち消せばペストが去ると考えた。この誤った衛生観念で疫病の本質を見失い、疫病を避けようとする行為が更なる感染を広める負の連鎖を引き起こしたのである。

 ブラッドボーンで「獣避けの香」を焚く姿はペストを恐れた当時の風習の姿に重なる。香を焚くのは獣と化した患者を避けるだけでなく「獣の病」その物も避けているのだろう。





イギリスと白いペスト

 欧州の疫病と言うとペスト(黒死病)を連想するが、実はペストの正体は良く分かっていない。文献では幾つかの症状が確認されており、特定の感染症だけを示している訳ではないようだ。近代以前における伝聞・口伝による情報は大雑把なものだった。

 そんな様々なペストのひとつに「白いペスト」がある。その正体は当時のイギリスで猛威を奮った肺結核だ。

 元々は風土病の類であった結核は免疫機能の低下が発症の引き金となり、一度発症すると抗生物質が存在しない当時は治療法が存在しなかった。しかし、十分な体力を持つ健常人では発症しないので食料があれば急を要する問題ではなかったのだ。
 そんな結核の疫病化の切っ掛けは産業革命で発展した都市部にある。人口の集中化と過酷な労働環境による免疫機能の低下が結核の発症と大規模感染を後押ししたのだ。

 肺結核に罹患すると慢性的な咳や喀血に悩まされ、徐々に衰弱して床に伏せることになる。また特徴的な症状があり、発症するとその美しさに憧れを抱くほど肌が白くなる。これが「白いペスト」の由来である。

 ブラッドボーンに登場する「灰血病」の名称や医療教会の僧侶に見られる病的な顔の白さ。そして主人公に協力してくれる「病み人」ギルバートに見られる症状は結核を連想させる。

 もしも結核患者がヤーナムの噂を聞けば、「灰血病」の治療法である「血の医療」に治療の望みを託しヤーナムを訪れるだろう。当時の結核は「不治の病」である。死の病に直面した人間が怪しい医療に傾倒するのは今も変わらない。





感染、その恐怖

 病原菌の発見は1875年から1900年に集中し、多くの疫病の正体が判明した。そして人類は疫学による感染経路を解き明かし、続く1929年のペニシリン発見により治療法を手にする。さらに20世紀に入り戦争が集団予防接種や栄養学的健康管理と言った組織的な対策方法を確立させる。

 発見から100年足らずで呪いと呼ばれた疫病は、その正体を暴かれ急速に力を失っていった。そして1948年に発足した世界保健機関(WHO)が1980年に天然痘の根絶を宣言。ついに人類は疫病に初勝利する。しかし、そこまでだった。

 現在も結核は十分な医療が受けられ無い国では致命的な疾病なのは変わり無い。日本も多くの感染者がいる結核大国であり、唯一の武器である薬剤に対する耐性獲得も報告されている。結核のみならず依然として人類最大の敵は感染症なのだ。

 最近もインフルエンザやエボラ出血熱の様なウイルスがパンデミック(世界的大流行)の恐れがあるとニュースを賑わしている。感染が致命的だと知って一部でちょっとしたパニックが起きた程だ。人は「見えない」だけで対抗手段を失い正常な判断を下すことが難しくなる。だからこそ人は感染症に未知の恐怖を感じるのだろう。
 




  

ブラッドボーンで感じる疫病問題

 19世紀は過渡期であり本格的な医療の誕生を前にして、無謀な行いや暴挙が横行した試行錯誤の時代である。失敗を繰り返し多くの人命を捧げて知識と技術を得て、疫病と言う迷信を感染症と言う科学に変えたのだ。ブラッドボーンはそんな歴史を感じられる作品であり興味深い。


 疫病の面から見るとヤーナムは現実問題とリンクする。未開の遺跡を探索したことで発生した病。確立してない衛生観念と治療法。民衆による「獣狩り」は感染者を処刑する私刑その物だ。これは現代で起きている西アフリカのエボラ出血熱問題と同じである。

 未開の森を切り開いて遭遇したエボラ出血熱。不衛生な生活環境。十分な教育と医療が行えない未発達な地域。そして住人の誤った衛生観念と偏見が生む悲劇と感染の拡大。ヤーナムを旅したプレイヤーには、疫病と化しているエボラ出血熱を封じ込めるのが如何に大変か分かるだろう。


 現実でも「獣狩りの夜」は起きている。そして未だ終わりは見えない。



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