人生はFPSゲーム。時々哲学。

ゲームの考察・感想・レビューなどを記事にしています。詳細はプロフィールへ。

Bloodborne (ブラッドボーン)のビルゲンワースに見る科学の歴史

ブラッドボーンに見る科学の変遷

f:id:K456:20170302183316j:plain

2019年4月に加筆修正。
 
 ブラッドボーンから何故ゆえ科学史と訝しむ人も居るだろう。なぜ科学史か。それは『上位者』研究の過程に科学史が見られるからだ。

 多少の祖語はあれど、ビルゲンワースや医療教会は科学の発展に基づいた成り立ちをしている。その地質学から始まり量子力学へと続く過程を、ブラッドボーンの物語と合わせ紹介しよう。




地質学と科学の幕開け

 考古学から神秘の研究へと進んだビルゲンワース。これは18世紀イギリスで大地に海の痕跡を求めた地質学が、科学の先駆けとなったのがモチーフだろう。

 初期の地質学は全ての岩石は海で作られるという「ウェルナーの水成説」に乗っ取り、神の起こした大洪水の痕跡を大地に求め地層の研究を行っていた。

 ところが地層を調べても宗教的事実に則した洪水の痕跡は見つからない。そのうちに出てきた化石や岩石から過去の事象を探る古生物学が発展することになる。

 その古生物学で現在の生物と比較する進化論や比較解剖学が誕生し、地質学は科学の道へと進んでいった。人類は神の存在を証明しようとして科学の道を拓き、その結果として皮肉にも神と宗教から距離を置くことになったのだ。

 ビルゲンワースが歩んだ道にも相関が見られる。ヤーナムは古代トゥメルの女王の名を戴く街だ。聖杯教会の存在からも古代トゥメルは信仰や迷信の対象だったと伺える。


 ところが考古学の学舎ビルゲンワースは神秘の探求のため、危険な墓守りと病で溢れるトゥメルの墓所へ人を送った。後に狩人と呼ばれる彼等の探索により、ビルゲンワースは上位者の知識や仕掛け武器の様なトゥメルの遺産を手にした。その力をもって彼らはヤーナムの実権を握る。

 そしてゴースの遺体を使った神秘の研究を通じ、ビルゲンワースは次第に神(概念として)への信仰を失い科学の道へと進んだのであろう。それ故に強大な彼らを恐れず『上位者』と呼んだと考えられる。

 


意外とマトモな医療教会

 ビルゲンワースと袂を分かち誕生した医療教会は、古生物学の成果によりヤーナムを医療都市として成功に導く。その発展は実験医学の父と呼ばれるジョン・ハンターの偉業を彷彿させる。

 当時、医師といえば内科であり、外科手術は正に外法の類であった。しかし、ジョンは宗教観や迷信には捕らわれず、観察に基づいて行動した。

 その観察が成した実績は多岐に渡り、死体の解剖を重ね組織の機能を推定し、様々な生物の解剖標本から進化過程を模索した。その知識を以て手術の他にも、不妊治療としての人工授精の先駆者、ニワトリを用いた臓器移植など数々の医学実験を行った。これらは当時の宗教観からすれば神をも恐れぬ冒涜的な行為である。


 ならばブラッドボーンはどうか。実のところ医療教会は割と真っ当に研究をしていたと考えられる。イギリス産業革命を模した技術者集団である仕掛け武器の工房。その中でも『火薬庫』は神秘に頼らぬ火薬と電気に未来を求めていたし、実験棟での研究もアデラインの話を聞く限りでは、被験者を募った上で実験を行っていた様子である。

 星の娘と邂逅した聖歌隊は孤児を利用した実験をしていた。ところが19世紀当時は身寄りが無い孤児は、その身をもって社会に貢献するのが当然だったので不思議でもない。

 上位者を目指すためローレンスを筆頭とした聖職者も、自らの体を用いた実験により獣の病に冒されている。現実における人体実験も意外と研究者本人の体を利用したものが多い。なぜなら体験という形で正確な情報が得られるからだ。

 話題にしたジョンも自身に梅毒を感染させ水銀を使い治療した。他にも命懸けの自己実験でモルヒネ・アドレナリン・カフェイン等を発見したフリードリヒ・ゼルチュルナーなど数々の偉人(狂人)が歴史に名を残している。*1

 
 ただ『灰血病』の治療で蔓延した『獣の病』が原因で、組織の頭脳を軒並み失ったのが最大の誤算だった。これで医療教会は形骸化してしまう。



海から大地、そして宇宙へ

 話題を再び地質学へと戻そう。前述した様に地質学は宗教的事実である大洪水を証明するために始まった。しかし地層を調べても洪水の痕跡は発見できず、代わりに出てきたのは生命と氷河の痕跡だった。

 比較対象に溢れる生命と違い、困ってしまったのは氷河期である。大地を見渡しても氷河期を知る術はなく、彼らは答えを宇宙に求めた。そして地質学は天文学と交じり、今でいう地球科学に近い存在となる。

 その地球科学は氷河期が月の引力による地軸の変化だと仮説を立て、観測と計算から地球と月が一つであった可能性を導き出した。その不確定ながら惑星間の物理的影響を論じた仮説は、宇宙の電磁波や重力を研究する天体物理学へと続いた。

 その後、干渉波を排除する電波望遠鏡を使うことで、より鮮明な宇宙の姿を観測可能にした電波天文学が誕生。かつてアインシュタインが相対性理論で提唱した宇宙の誕生を示唆する観測結果を得るのである。


 さてブラッドボーンの上位者研究史はどうだろう。ビルゲンワースは海と水に神秘を求め、医療教会の聖歌隊は大地から一転、宇宙に答えを求めた。

 かくして遥か彼方の星界への交信は失敗するも神秘の一端を手にすることに成功する。

 続くメンシス派は聖歌隊より一歩先に進み、頭にアンテナを被り『上位者』との交信を成し遂げている。

 そして悪夢という成果を得たのだ。この聖歌隊とメンシス派の流れは天文学の変遷をなぞっている。

 ミコラーシュと共にプレイヤーに衝撃を与えた装備『メンシスの檻』にはこうある。

この檻は意志を律し、また俗世に対する客観を得る装置であり
同時に、夢の上位者と交信するための触覚でもある

 あの奇妙で奇抜な檻は電波望遠鏡をモチーフとした、意思を適切に処理し客観的な観測を成せる上位者との交信アンテナである。

 頭の檻は変態の証どころか科学哲学が込められた装置であり、ビルゲンワースから脈づく科学の最高峰たる証なのだ。

 それにしてもアレが最高峰の頭脳を持つ人物とは衝撃である。さすが啓蒙を高めた人は一味違う。



科学は人類の上位者狩り

 産業革命期のイギリスを舞台とするだけあって、ブラッドボーンには医療教会を筆頭とした科学と宗教が混在する独特の空気が満ちている。

 そして物語の背景には、人類が神の御業と信じていた自然現象を、科学という人類の叡知へ変えていく過程が描かれていた。

 科学の歴史は、神から神秘を奪う歴史と同義なのだ。

 今や大地と海から多くの神秘は失われ、人体に秘められた謎も着々と解明が進んでいる。そして人類の手は宇宙の神秘へ伸びだした。正に脈々と続く人類による上位者狩りの歴史である。


 ブラッドボーンが放つ魅力は、科学史の魅力に通じている。これを機に人類が如何にして、信仰された神々の息の根を止めたのか学んで見てはどうだろう。

   

*1:無論、メンシス派の様に他人の体を使い非道な実験が行われた例もあるが、ここでは割愛する。